特別対談
出典:月刊マーチャンダイジング2022特別号(株式会社ニュー・フォーマット研究所)
野口医学研究所は、1983年に日米を基軸とした国際医学教育と医学交流を目的に設立された「米国財団法人」としてアメリカペンシルベニア州フィラデルフィア市で産声を上げた。その後、その活動の資金づくりのためにいくつかの事業を行い、1990年に株式会社野口医学研究所(当時はインターナショナルヘルスサービス株式会社)を設立し事業を開始した。同財団並びに同社の理念やこれまでの沿革、そして商品づくりなどを同社代表取締役会長の末永佳文氏と事業パートナーで長年の交流のあるアルフレッサ ヘルスケア株式会社 代表取締役社長 勝木尚氏の対談をとおして紹介する。
事業の始まりは、日本の若き医療人が
米国流「患者優先の医療」を学ぶための資金づくり
人類に尽くした野口英世博士の名前を冠した財団をつくりたい
勝木 最初に末永さんとお目にかかったのは、私が現職について間もない頃だと記憶しています。当時社長だった浅野嘉久さん(創立者・名誉理事)とご一緒でしたね。
末永 12年前ですね。まだ御社名は丹平中田でした。ある人の仲介で飛び込みに近い形でおじゃましたのに時間をとっていただき浅野ともども非常に感謝したのを覚えています。それからお付き合いが始まり、商談会にも毎回参加させていただいていますので、お取扱品目も増えてきました。
勝木 野口医学研究所という社名がとても印象的でした。それから商品に野口英世博士の肖像写真が載っている、これも驚きました。これほどの有名人を商品パッケージにできるのは余程の信頼できる会社か、もしくは少々怪しい会社ではないかと疑いました(笑)。しかし、浅野さんが設立の主旨、なぜ日本の医学生や若い医療従事者がアメリカの医療機関で学ぶことが大事なのかなどを蕩々と話され得心しました。
そして、4年前の2018年米国財団法人を設立されてから35周年の式典にお招き頂き、改めてこれまでの経緯や理念をお聞きして、また列席されていた並み居る最前線の医療人、著名な医学界の指導者を目にして認識を新たにしました。改めてその辺りを末永会長からご説明頂けますか。
末永 35周年の式典は東京神田神保町にある学士会館で開催したのですが、これまで当財団の支援で米国留学を経験し、現在全国の病院で勤務する医師や大学で教鞭を執る方など多数の方にお集まり頂き、改めて野口グループの足跡を確認することができました。
また、勝木社長を始めとした当社にとって大変重要な方々に、「野口医学研究所とは」を理解していただくことできたことは本当に良かったと改めて思っています。
野口医学研究所が設立された経緯は、創立者で名誉理事の浅野が、外資系の製薬会社に幹部として勤務しているとき、東大研究室時代の恩師で当時ペンシルベニア大学(編集部注:ペンシルベニア大学は私立、公立両方あるが本稿では私立を指す)医学部教授の職にあった故浅倉捻生先生が浅野の勤める会社を訪ね「米国との医学交流を実行できる組織とシステムを作らないと、日本の医学界は大変なことになる」と声を掛けたことに始まります。
ちなみにペンシルベニア大学はある調査によると大学の国際ランキングで6位(東京大学は31位)という世界的にも大変優秀な大学として知られています。
「何故、野口英世か」とよく聞かれますのでここでお答えしておきます。浅倉先生と浅野との間で話が進み、国際医学教育と交流を支援する団体を設立することになりますが、その際、冠に成り得て、且つ日本と米国で最も有名で尊敬される日本人医師は誰かという話になり、野口英世になったということです。
加えて、浅倉先生が医学部の教授として勤務していたペンシルベニア大学は、英世博士が渡米して最初に勤務した大学としても有名で、そこには研究の跡がたくさん残されていたそうです。
英世博士が渡米した経緯は長くなるのでここでは割愛しますが、浅倉先生と浅野はこれも何かのご縁と考えたのでしょう。誰もが知っていて、人類の為に正に体を投げうって研究に没頭した英世博士のような医師を育てたいとの思いから、団体名を「野口医学研究所:Noguchi Medical Research Institute」としたと聞いています。
しかしながら、英世博士の名前を冠するには断りを入れなければなりません。法的には亡くなって何十年も経っている人には著作権は存在しないらしいのですが、浅倉先生と浅野は、英世博士の出身地である福島県猪苗代町で英世博士の偉業を称え、遺品などを展示した記念会館を運営する「公益財団法人野口英世記念会」という団体を訪ね、「患者のために働くガッツのある医師、第2、第3の野口英世をつくりたい」と自分たちの思いを話したところ、快諾していただき、肖像写真も提供してくださったとのことでした。現在当社が全ての商品、ブロシュア、パンフレット等に使っている写真がそれです(写真1参照)。
浅倉先生が「近年途絶えようとしている」と語った日本の臨床医の米国留学の件ですが、当時米国はベトナム戦争で多くの医師を始めとする医療従事者を戦地に送っていたので、国内は慢性的に医療従事者不足でした。
そこで海外から医師教育を受けた人を招き、その人たちを米国流に再教育して人員不足を補ったそうです。日本からもたくさんの医師が米国に渡り米国の最先端医療を学んでいました。ところが1975年にベトナム戦争が終わると今度は多くの医師が米国に帰還したため人員過剰となり、海外から招く留学生の数を一気に絞ったことで交流の糸が細くなってしまったとのことです。浅倉先生は米国で自ら教鞭を執る中、こういう状況を目の当たりにしていたので憂えていたのです。「日本の医学はアメリカより30年遅れている。看護学にいたっては80年遅れている。米国留学の道筋を作って、何とかしないと日本の医学は大変なことになる。」という危機感を持っておられました。
アメリカから学ぶべきは患者優先の医療
勝木 アメリカの医学に追いつくために留学を再開して、「先端医療」を学ぶということだったのですか。
末永 勿論当初それが目的だったのですが、先端医療は医療機器と一体になっていて、この分野では日本が先進国です。ですから最先端医療の技術的な面はそれほど差がなかったと思います。浅倉先生と浅野がこだわったのは米国流の「患者優先の医療」です。日本の医療は医師を頂点に階層ができていて権威主義的なところがある。山崎豊子さんの小説「白い巨塔」の世界です。一方、米国は医療方針を立てるのは医師ですが、実際に医療を行うのは医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、メディカルソーシャルワーカーなどチームで行います。入退院にしてもチーム全員の同意が必要なのです。日本のように一人の医師が全てを仕切ることはできません。全ての医療従事者がそれぞれ責任と権限を持って患者さんのために働くのが米国流で、それを学んで欲しくて立ち上げたと聞いています。
患者優先を示す例として、日本では病院内で患者さんと医師が同じ通路を歩きます。どちらかというと医師が通路の真ん中を歩いていますよね。米国でそれはあり得ません。医師やスタッフの通路として裏動線があるか、同じ通路を使う場合は端を歩きます。また、小児科に行くと白衣を着ている医師などほとんどおらず、みんなジーパンとTシャツ姿、医師や看護師は偉ぶることなく通院して来た子供たちにファーストネームで呼ばせるのです。大学病院など大きな病院にはマクドナルドなどがあって、子どもたちが怖がらずに来院できる環境づくりにも努めています。
他の面白い事例としては、患者さんが診察室に入ると医師はまず自己紹介をします。日本で医師が自分の名前を名乗ることはあまりないですよね。ビックリするのは、診察中座らない医師が多いことです。患者さんはリクライニング付きの椅子に横になって診察を受けますが、医師は立ったまま必要に応じて患者の周りを動きます。米国がすべて正しいわけではありませんが「患者優先の医療」という点ではとても進んでいます。そこが学べるルートを作りましょうということで財団が設立されたのです。
勝木 アメリカの「患者優先の医療」は確かに進んでいるようですが、その一方でアメリカは健康保険のない人がいたり、契約する保険の内容で受けられる医療サービスに差が出る。つまりお金次第というところがあるように思います。
末永 おっしゃるとおりです。例を挙げると、銃社会の米国では銃で撃たれた人が緊急搬送されることが日常茶飯事ですが、そんな時でも救急車は有料ですし、救急隊員はけが人に「頑張れ!」と励ましの言葉を掛けると同時に、クレジットカード会社や付帯している保険情報を聞くことも必須だそうです。保険の内容次第で搬送する病院が違うからです。日本は健康保険証があれば、全国ほぼ同一の医療費で同一の治療を受けることができます。こうした日本の医療の良いところ、そして米国の良いところの双方を学んで患者さんを第一に考えるお医者さんになってくださいというのが財団の活動の主旨です。
医師を志した原点には少なからず患者さんや社会に貢献したいという思いがあったはずです。大学の医局制度の中でばかり考えるのではなく、一度は日本を出て米国で学び視野を広げてその思いを遂げてほしいのです。英世博士は当時南米で蔓延していた黄熱病の研究をしていて、現地で自分の研究を検証するために西アフリカ(現在のガーナ)に渡り、そこで自らも黄熱病にかかって客死しています。細菌から人類を守るという非常に崇高な志を持っていた人で、財団の理念にもっとも合致している人物だと思います。
勝木 具体的に留学をどのように支援していますか。
末永 毎年12月初旬に行う選考会では、海外臨床研修経験者による面接と、英語で診察する模擬試験を行います。面接の内容は、かなり高度な医療知識が必要な問題から、医師を志した理由、感動した本や映画の話など多岐に亘り、3~4回主に英語で行われますが、医師としての能力は勿論ですが、やはり人間性が重要視されます。支援の内容としては、合格者の大学での授業料は全額当方が負担します。短期留学を希望する人は4週間、米国で医師免許を取りたいという人もいるので科目にもよりますが6〜8年は大学に通うことになります。これまで約1,300人が当方の支援を受けて米国留学を果たし、日本、あるいは米国で大学教授になった人もたくさんいます。
寄付から収益事業へと資金集めの手段を変更
勝木 現在の事業の前にもいくつかの事業経験があるとお聞きしています。
末永 浅野の話では、設立当初留学支援に係る費用を賄うため寄付を募って歩いたそうです。個人、企業、団体と様々な所に出向いた他、浅倉先生は「徹子の部屋」にも出演して寄付を呼び掛けました。その時は短期間で結構な額が集まりましたが、その後が大変で、特に大口の寄付をする方の中には財団の名誉職を希望するなど何かしらの見返りを求める方も多かったとのことです。そこで浅野は約7億円近い寄付を全額返金して独立性を保ちながら、財政の立て直しに追われたのですが、それはもう相当凄まじい毎日だった様です。
寄付を募ることを止めたので、浅野は事業収益の中で費用を捻出することを考えました。手掛けたのが海外駐在員・旅行者のための「24時間電話医療相談(ドクターホットライン)」です。北朝鮮を除くすべての国で24時間365日受けられるこのサービスは、それまでにないシステムでしたので非常に好評でした。JCBなど多くの大手クレジットカード会社の付帯サービスとして採用されたので、漸く資金的に少し楽になったと聞いています。
しかしこうしたサービスだけでは限界があるので、一般の生活者を対象にしたコンシューマービジネスを、2005年頃に先ずは健康食品の販売から開始しました。
勝木 最近で言えば、弊社の専売商品として扱わせて頂いている肝油が好調ですね。
末永 「おとなの肝油ドロップシリーズ」は、アルフレッサ ヘルスケア様のお力を借りて調剤薬局2,500店、ドラッグストア(DgS)14,000店で販売されており、その取扱い店舗数は日々増えています。売上も好調で毎月2万個以上出荷できるようになりました。
一度買っていただくと継続して買ってもらえるのがこの商品の大きな特徴です。緑のパッケージが1,480円(税抜き)、白いパッケージのカルシウムプラスが1,980円(税抜き)です。このくらいの価格の商品が毎月コンスタントに売れれば、販売店様にも利益貢献できるのではと思っています。メーカーとしては、消費者様、卸様、販売店様、当社と皆がメリットを享受できる商品にしたいと考えています。
肝油ドロップシリーズ
1粒でヨーグルト1個分の乳酸菌が摂れる※1 3種のビタミン配合の栄養機能食品※2
野口医学研究所の「おとなの肝油ドロップシリーズ」は、乳酸菌、葉酸、天然サメ肝油を配合。加えてビタミンA、ビタミンD、ビタミンCを含む「栄養機能食品」である。カルシウムプラスには吸収率の良いカルシウムを使用。ビタミンDと一緒に摂取することでさらにスムーズな吸収をサポート。
管理栄養士からのおすすめポイント
昔から日本人に親しまれてきた肝油ドロップには、脂溶性ビタミンが豊富に含まれており、栄養摂取が困難な時代に重要な栄養補給源でした。食が豊かな現代においては、栄養失調になることは少なくなりましたが、偏食が目立つようになったり、年齢とともに食が細くなったりと、普段の食事だけでは栄養バランスが偏ることが多くなっています。
そこで、私たちは肝油ドロップに、昔の肝油ドロップの良さと現代人に必要な栄養素を入れ込むことで、懐かしくて新しい「肝油ドロップ」を考案しました。
こんな時代だからこそ、美味しく栄養補給ができる「おとなの肝油ドロップ」をぜひお試しください。
株式会社野口医学研究所 管理栄養士
NR・サプリメントアドバイザー 関川 幸枝
調剤薬局のカウンターに陳列すれば服薬指導後「昔懐かしい肝油です」という会話のきっかけにもなる。患者様のコミュニケーションはリピートの基本。
また、DgSでも野口英世の写真をアイキャッチに使えば視認性が上がり、初回購入を促進、リピートにつなげられる。テレビCMも実施。下記QRコードからCM動画へリンク。
肝油ドロップは市場拡大の可能性を秘めている
勝木 肝油といえば50代以上は昔学校でもらった記憶がある人が多いんじゃないでしょうか。戦後しばらく栄養事情が悪くビタミンA、Dが不足しがちで、いわゆるとり目(夜盲症)にかかる子も多かったので、それを防ぐために配られていました。私も小学生の頃夏休みになると肝油をもらえるので楽しみにしていました。
末永 「おとなの肝油ドロップシリーズ」のお客様も50代以上の女性が中心です。お客様の属性から考えてもDgSとの相性はとてもいいと思います。リピート率が高い理由は味にもあります。ノーマルタイプがオレンジ風味、カルシウムプラスがレモン風味、両方美味しく作りました。動画でも「健康な間食」、つまりおやつ感覚で美味しくカラダにも良いと訴求しています。食べ続けてもらうには、味は重要な要素です。
勝木 アルフレッサグループの調剤薬局はじめ、調剤薬局でも売れてますが、DgSにも潜在的な可能性が高いと思いますので、積極的に販売して頂きたいですね。
末永 肝油ドロップはインバウンド需要が高くて品薄状態だったのですが、何故かあまり増産されずその状態が続きました。現在コロナ禍でインバウンド需要が消失したにもかかわらず市場規模は決して小さくなっていません。それだけ国内需要は強固なものがあり、もっと需要を高めることができると考えています。そのためには多数の店舗を展開されているDgS様のご協力が不可欠だと実感しています。
懐かしさを切り口に先ずは50代以上の方に、そしてカラダによくて美味しいので、若年層やお子様にも食べてもらえれば、当社の肝油ドロップはもっと売れるはずです。まず一度手に取っていただく販売促進を続けていきたいと思います。
勝木 野口サプリメントシリーズという商品も面白くて可能性があると思います。
末永 ありがとうございます。こちらは健康食品として、様々なお悩みに対応できる様ラインナップを取り揃えています。当然すべての商品に野口英世博士の顔がアイコンとして付いているので売場でも大変目を引く商品です。
勝木 御社の商品のようにターゲット、機能性など商品の設計がしっかりできていて、野口博士の顔があり売場でも目立つ、そして実際に機能も高く利益が取れリピーターをつくれる。こうした商品に調剤薬局も取り組まなくてはいけないし、DgSももっと売場に置くべきだと思います。ネットで何でも安く買える時代、リアル店舗の「安売りの時代」は終わりました。付加価値があって利益とリピートを取れる商品を卸も小売も見極めないといけません。
そして、最初の話に戻れば御社は単に利益追求のビジネスだけでなく、そこで得た収益を日本の医療の進歩のために無償で提供している。ここに崇高な理念があり、アルフレッサ ヘルスケアとしても全面的にご協力したいと考えています。
末永 そういっていただき心強い限りです。初心を忘れずに、日本の若い医療人がもっと海外で勉強し、患者優先の医療を実現すべく事業を頑張って伸ばして参ります。是非、今後とも宜しくお願いします。
野口サプリメントシリーズ
野口医学研究所 サプリメントシリーズ〈9月発売予定〉
機能性表示食品(7SKU) | 栄養補助食品(16SKU) | |
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